固定残業代とみなし残業、美容業界の求人でよくある落とし穴

はじめまして、美容業界専門のキャリアアドバイザーをしている桐生美和と申します。
美容専門学校を出たあと、大手エステサロンで5年間エステティシャンとして働きました。

その後、美容業界に特化した人材紹介会社に転職し、7年間でのべ800人以上の転職相談に携わってきました。
現在はフリーランスとして、美容業界の求人や労働条件についての情報発信をしています。

求人票を見ていて、こんな表記に引っかかったことはありませんか。

「月給25万円(固定残業代45時間分・6万円含む)」

一見、金額だけ見ると悪くなさそうです。
でも、これが実際どういう意味なのか、きちんと説明できる人は少ないと思います。

固定残業代とみなし残業は、美容業界の求人票に非常によく登場する仕組みです。
仕組みそのものは違法ではありません。
ただし、書き方や運用によっては、応募者が損をする形になっているケースもあります。

この記事では、固定残業代とみなし残業の違い、求人票で見るべきポイント、応募前と内定後に確認すべきことを、現場の目線で解説します。
読み終わる頃には、求人票の「月給◯◯万円」という数字の裏側を、自分で読み解けるようになっているはずです。

固定残業代・みなし残業とは何か

固定残業代の仕組み

固定残業代とは、あらかじめ一定時間分の残業代を月給に組み込んで支給する制度です。
厚生労働省は職業安定法の指針で、「一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」と定義しています。

たとえば「月給25万円(固定残業代45時間分・6万円含む)」という求人であれば、基本給19万円に、あらかじめ45時間分の残業代6万円を上乗せして支払っている、という意味になります。

具体的な数字で見てみましょう。
6万円を45時間で割ると、1時間あたりの割増賃金は約1,333円になります。
所定労働時間や基本給の設定によっては、この単価が本来の割増率(25%以上)で計算した金額を下回ってしまうケースもあります。
金額の大きさだけでなく、時間数とセットで見る習慣をつけてください。

45時間を超えて働いた分は、別途追加で支払われるべきです。
固定残業代を払っているからといって、それ以上働かせても追加の残業代を払わなくていい、というわけではありません。

「みなし残業」と混同されやすい事業場外みなし労働時間制

固定残業代とよく混同されるのが、「みなし残業」という言葉です。
実は「みなし残業」は、固定残業代を指す言葉として使われることもあれば、法律上まったく別の制度である「事業場外みなし労働時間制」を指すこともあります。

求人票や採用担当者が、この2つを曖昧に使っているケースも珍しくありません。
事業場外みなし労働時間制は、労働基準法38条の2に基づく制度です。

厚生労働省の解説によると、労働者が事業場外で業務に従事し、労働時間を算定しがたいときに適用され、原則として所定労働時間労働したものとみなされます。

参照:外勤業務後の内勤業務も事業場外みなし労働が適用されますか?|確かめよう労働条件

ただし、この制度が適用されない典型例もあります。

  • グループの中に労働時間を管理する人がいる場合
  • 無線や携帯電話で随時、使用者の指示を受けながら働いている場合
  • 事業場で具体的な指示を受けたあとに外出し、事業場に戻ってくる場合

エステサロンやネイルサロンのように、決まった店舗内でシフトに沿って働くスタイルの場合、この制度が適用される場面はかなり限定的です。
「みなし残業」という言葉が求人票に出てきたら、固定残業代のことなのか事業場外みなし労働時間制のことなのか、面接で確認しておいて損はありません。

求人票で確認すべき3つのポイント

厚生労働省は、固定残業代制を採用する企業に対して、募集要項や求人票に明示すべき事項を定めています。
私が転職相談を受けるときも、この3点は必ずチェックするようお伝えしています。

基本給と固定残業代が分離して書かれているか

「月給25万円」とだけ書かれていて、内訳が一切書かれていない求人票には注意が必要です。
基本給がいくらで、固定残業代が何時間分・何円なのか、両方が明記されているかを確認してください。

固定残業時間を超えた分の追加払いが明記されているか

固定残業時間を超えて働いた場合、追加で割増賃金が支払われる旨が書かれているかどうかも重要なポイントです。
この一文がない求人票は、超過分が支払われない前提になっている可能性があります。

固定残業時間が長すぎないか

固定残業代として設定されている時間数が、月45時間を大きく超えている場合も注意信号です。
36協定の上限に近い、あるいは超えるような時間数を固定残業代として組み込んでいる求人は、常態的な長時間労働を前提にしている可能性があります。

この3点を、良い例と注意が必要な例で整理すると、以下のようになります。

チェック項目望ましい書き方注意が必要な書き方
内訳の明示基本給◯円+固定残業代(◯時間分・◯円)月給◯円(固定残業代含む)とだけ記載
超過分の扱い超過分は別途支給と明記超過分の記載なし
固定残業時間20〜30時間程度45時間以上、または記載なし

求人票の情報だけで判断がつかない場合は、応募前や面接の場で遠慮なく質問してかまいません。
むしろ、こうした質問にきちんと答えてくれるかどうかは、その会社の労務管理がしっかりしているかを見極める材料になります。

美容業界の求人に固定残業代が多い理由

歩合制・シフト制との組み合わせという業界特性

美容業界は、歩合給とシフト制を組み合わせている会社が多い業界です。
指名や施術件数によって収入が変動する分、基本給部分の設計が複雑になりやすく、その中で固定残業代を組み込む会社が少なくありません。

歩合給の割合が高い給与体系では、月ごとの収入の変動を抑えるために固定給部分を厚めに設定し、その中に固定残業代を組み込むという設計をとる会社もあります。
この場合、固定残業代は罰則的な意味合いではなく、給与を安定させるための工夫として使われていることもあります。

一方で、歩合給と固定残業代の関係が曖昧なまま「月給◯◯万円(歩合含む、残業代込み)」とひとまとめに書かれている求人は、どこまでが固定給でどこからが歩合・残業代なのか読み取りにくく、注意が必要です。
開店準備や施術後の片付け、カウンセリングの延長など、シフト上の勤務時間には収まりきらない業務が発生しやすいという事情もあります。

職種によって残業の発生しやすさが違う

同じ美容業界でも、職種によって残業が発生する原因は異なります。

エステティシャンは、指名やカウンセリングの延長で退勤時間が後ろ倒しになりやすい職種です。
ネイリストは、クーポン集客による予約の詰め込みが影響しやすく、施術の合間の準備・片付けが勤務時間に反映されにくいという声もあります。
ヘアエステティシャンは、パーマやトリートメントなど施術時間が読みにくいメニューを扱う分、閉店後の作業が発生しやすい傾向があります。

自分が応募する職種で、どんな場面に残業が発生しやすいのかをイメージしてから、固定残業代の時間設定が妥当かどうかを考えると判断しやすくなります。

固定残業代自体は違法ではないという誤解を解く

固定残業代という言葉に、悪いイメージを持っている人もいるかもしれません。
ですが、制度そのものは違法ではありません。

問題になるのは、内訳が不明確なまま運用されていたり、超過分が支払われなかったりするケースです。
弁護士法人ALGの解説でも、固定残業代が違法と判断される主なパターンとして、合意や周知がないこと、金額や時間が不明確なこと、名目だけの手当になっていることなどが挙げられています。

参照:固定残業代(みなし残業)が違法になる5つのケースを弁護士が徹底解説!|弁護士法人ALG

制度そのものを敵視するのではなく、内訳と運用を確認する。
求人票を読むときは、これが基本姿勢になります。

応募前・面接でチェックすべき実践リスト

求人票を見て少しでも引っかかりを感じたら、以下の項目を確認してみてください。

  • 基本給と固定残業代の金額・時間数が分かれて書かれているか
  • 固定残業時間を超えた分の追加払いについて記載があるか
  • 固定残業時間が月45時間を超えていないか
  • 「みなし残業」という言葉が、固定残業代を指すのか事業場外みなし労働時間制を指すのか
  • タイムカードや勤怠管理の仕組みが整っているか

面接では、こんな聞き方をすると角が立ちにくいです。

「求人票に記載の固定残業代について、内訳と、それを超えた場合の対応を教えていただけますか」

この質問に対して明確な答えが返ってこない、あるいは曖昧にはぐらかされるようであれば、注意信号だと考えてください。
逆に、内訳や超過分の扱いについてきちんと説明してくれる会社は、労務管理に対する意識が高いと判断できます。

給与や労働条件について質問することは、決して失礼なことではありません。
入社後のミスマッチを防ぐための、当然の確認作業です。

内定後に必ず確認したい労働条件通知書

求人票の内容を確認しても、まだ安心はできません。
求人票はあくまで募集時点の条件を示したものであり、実際に企業と労働者を法的に拘束するのは、内定後に交付される労働条件通知書です。

労働基準法では、企業が労働条件通知書によって、賃金・労働時間・休日などの条件を書面で明示することが義務付けられています。
求人票と労働条件通知書の内容が食い違っていないか、内定を受け取った段階で必ず照合してください。

特に確認したいのは、以下の項目です。

  • 基本給と固定残業代の内訳が、求人票の記載と一致しているか
  • 固定残業時間数が変わっていないか
  • 試用期間中の条件に変更がないか
  • 休日・休暇の日数に相違がないか

もし求人票と労働条件通知書の内容が異なっていた場合は、そのまま署名せず、必ず採用担当者に確認してください。
条件面での食い違いは、入社後のトラブルに直結しやすいポイントです。

実際の求人ページで確認してみる

言葉で説明するだけだとイメージしづらいと思うので、実際の求人ページを一緒に見てみましょう。

全国にエステサロンを展開する、たかの友梨ビューティクリニックの採用サイトでは、正社員エステティシャンの求人条件として、月給に固定残業代を含む旨と、超過分は別途支給する旨が明記されています。

実際にどんな書かれ方をしているか気になる方は、たかの友梨の社員求人ページを覗いてみてください。
自分が応募を検討している会社の求人票と、書き方を見比べる練習になります。

なお、固定残業代の具体的な時間数や金額の内訳までは、職種や店舗によって求人ページごとに書かれ方が異なります。
気になる場合は、個別の求人ページや面接の場で直接確認することをおすすめします。

固定残業代トラブルに気づいたときの相談先

すでに働いている会社で固定残業代の扱いに疑問を感じている場合や、退職後に未払いに気づいた場合は、一人で抱え込む必要はありません。

厚生労働省は、全国378か所の労働局・労働基準監督署内などに「総合労働相談コーナー」を設置しています。
賃金や労働条件に関する相談を無料・予約不要で受け付けており、労働者だけでなく学生や就活生も利用できます。

参照:総合労働相談コーナーのご案内|厚生労働省

相談する際は、給与明細、労働条件通知書、タイムカードの写しなど、実際の労働時間や給与額が分かる資料を持参すると、その後の対応がスムーズに進みやすくなります。

未払い残業代には時効があり、2020年4月の法改正以降は3年とされています。
「おかしいかもしれない」と思ったタイミングで、早めに相談しておくのが安心です。

よくある質問

固定残業代がある求人は避けた方がいいですか

固定残業代があるというだけで、その求人を避ける必要はありません。
制度そのものは違法ではなく、内訳や運用がきちんとしていれば、毎月の収入が安定するというメリットもあります。
確認すべきは制度の有無ではなく、内訳と超過分の扱いです。

面接で残業代について質問すると、印象が悪くなりませんか

給与や労働条件についての質問は、応募者として当然の確認事項です。
きちんとした会社であれば、こうした質問に対して丁寧に答えてくれます。
質問への対応の仕方そのものが、その会社を見極める材料になると考えてください。

すでに入社していて、固定残業代の扱いに疑問がある場合はどうすればいいですか

まずは給与明細と労働条件通知書を見比べて、記載内容にずれがないかを確認してください。
自分だけで判断がつかない場合は、前述した総合労働相談コーナーなど、公的な相談窓口を利用することをおすすめします。

まとめ

固定残業代とみなし残業は、美容業界の求人票に頻繁に登場する仕組みです。
制度そのものは違法ではありませんが、内訳が不明確なまま運用されているケースには注意が必要です。

求人票を見るときは、基本給と固定残業代が分かれているか、超過分の支払いが明記されているか、固定残業時間が長すぎないか、この3点を確認してください。
内定後は、求人票と労働条件通知書の内容が一致しているかも忘れずに照合してください。

給与体系を理解した上で応募先を選ぶこと。
それが、入社後の後悔を減らすいちばん確実な方法です。